Energy and Crystals

鉱石とエナジーワークと神智学と、生きること。

彦姫シリーズ・その3 歴史からの雑感

昨日「書いたけど消えてしまった」と言っていた、日韓の彦姫(国民性の中の少年少女性、いつの間にか韓国も含まれている?)について、高次の検閲が入ったと思われる方面には触れずに、巻き込まれて?消えてしまった雑学的なつらつら、雑感部分をメモしておくことに。

 

一昨日の記事「スベクヒャン」の時代背景にまずは話を持っていくと、

当時、日本は飛鳥時代蘇我氏が急に政治の中枢に出てから何代か続いて、蘇我と物部の衝突、内乱が起きるころ。聖明王から仏像その他一式?をプレゼントされて仏教伝来と、日本史では習う(今は分からない、私の時代は)。けれど、日本の政府が、というよりも蘇我氏百済王家と繋がっていて、蘇我氏限定で「仏教伝来」が起こったという説もあるよう。蘇我が急に政権に絡むようになり、皇妃を出す外戚になり始めたことに関しては、諸説あって、蘇我氏のルーツがどこかという問題になってくる。

シルクロード由来の騎馬民族説、出雲王権の末裔説、百済の王族の一部が日本に来た、など。

そんなことを、個人的興味で20歳の頃からずっと考えているんだけど(笑)、前にもブログやら幾つかの場所で書いたように、栗本慎一郎さんの「シリウスの都・飛鳥」との出会いと、プラス自分オリジナルで想像、直感的に感じている蘇我氏の系譜というものがあり、それをいつか小説にしようと思っている。なんと!それは「ハピの巫女姫」や「ガイアナ神謡集」とも繋がってくるのだ・・・

 

指輪物語」原作者、言語学者トールキン博士は、自国のイギリスの実際の歴史と、ヨーロッパ各国の神話伝承の研究から、オリジナルの架空の歴史を、作ろうと意図していたそうだ。以前何度かブログ等に書いたアメリカのドラマシリーズ「ゲームオブスローンズ」の作者も同じようなスタンスで、歴史好きな作家とはそうやって、ある意味でパラレルなもう一つの歴史世界を、長い時間軸や地理的な広がりでもって、自作しようと自然と望む、自然とそこへ向かうのかもしれない。

世界観がかなり精密に決められているという、ハリポタ・シリーズの J.K. ローリングも同じくだ。

ヒーラーとしての、スピリチュアル史、人類の歴史だけでなく、ソウルが経てきた歴史を体系化しようというのだから、我ながらチャレンジャーだなと思う。日本古代史と、超古代の架空文明、ハピやガイアナとを繋げるだけでも時間軸や次元の層が忙しいというのに、地球創生からのジェネシス神話が下地としてある上での、古代史や超古代史、そしてアトランティス小説まで書こうと思っているのだから、一体どうなることやら。

ああ、話がだいぶ脇に逸れてしまった。

 

それで、恐らくは、ジェネシスの原型に共通性があり、日韓ともにアンドロ的な性質は、他の民族よりも配分として強いと感じている。韓国ドラマは、時代劇だとだいたい、幼い頃に親や師匠が無実の罪で死んでしまったり、それにより初恋の幸せな思い出が切り裂かれて、という所からスタートするし、現代ドラマの場合、サムネイルや予告が軽いラブコメ風でも、見ているとほぼ間違いなくインナーチャイルド、それもかなり激し目の傷が出てくる。

いつも言っているように、インナーチャイルドは「傷ついた天使性」「自然界やレムリアなどの傷」を反映する。

そういう意味では、日本人にはいくらか黄色い、リラの要素がかかっている分だけ現実的というか三次元的な「ずぶとさ」がコーティングされていると思う。

 

一方で、韓国のほうは実際の歴史的な苦労が日本とは比べものにならず、多くの痛みを民族として味わって来ている。同じようにアンドロベースでも、こちらは致し方なく(攻撃を受けてしまうから立ち上がる他なく、怒るほかなく、自己防衛のために)赤をまとった、という違いが、日韓の間には、歴史およびジェネシスからの視点で、見られると考えている。

 けれど、どちらも社会の同調圧力、それゆえに身についてしまう同調習慣(空気を読む、という慣習)、自己犠牲的であるという共通点があり、やはりそれはジェネシスに照らすと「アンドロ」が強いという言い方が出来るだろう。

 

韓国の政治や経済などは不勉強で、ドラマを見ているばかりのお茶の間視点しかないが、日本の社会について少し真面目に考えてみると、

福祉大国で、定年後の医療費などの心配もなく、子育てにおいても教育費を高校まで、あるいは大学まで国が出している・・というようなヨーロッパ諸国と、日本人は同じくらいの税金を払っていることになるらしい。(テレビ番組で野党の政治家が言っていた・・)けれど、よく言われているように日本は年金などの状況は心許なく、今後さらに大変になるらしい。文化系やスポーツなどの補助も少ない。スウェーデンだったか、出産までの費用は国が出してくれるとか。それらを日本人は自己負担で何とかやっている。

気づいてみると、とても自己犠牲的な状況なのだ。

 

ヒーリングの概念においても、自己犠牲的な要素と、搾取という力が引き寄せ合う。

 赤や黄色をまとうことで、純粋すぎて壊れてしまいそうな「天使性」=インナーチャイルドを守ることは、三次元的に一時的には出来るかもしれない。凌ぐ、という感じだ。けれど、赤は赤を呼ぶし(戦い)、黄色は黄色に支配される(停滞・腐敗)。凌いでいても、いつかそれが極限を迎える時が来るものだ。

シリウスの風、白の軸で自分を成長進化させ、搾取や腐敗、終わりなき争いの連鎖から抜け出すしかない。

韓国時代劇を見ているとまさに、主人公たちはその白の力で難局を切り抜けるし、うまく行けば周囲をも変えることに成功する。・・ドラマはあくまでもドラマ(=理想)に過ぎないけれど、少なくとも何が自分たちの問題で、何によって切り抜けていけるのかを、クリエイター、作家の方々は知っている。見ているお茶の間も潜在意識では分かっている(だからドラマや映画を評価する)。日本のドラマや映画は最近見ていないから分からないけど、世界共通、人間は深いところでは「どうすべきか」を知っていると思う。

悪しき慣習、惰性、怠惰、利欲の優先=利己 に落ちてしまうことなく、主人公たちのように振舞う、選択する、それが人のあるべき道であるという普遍的な愛の仕組みを、誰もが本当は知っている。

 

話が逸れつつも、今日はこのくらいで。

Love and Grace,

Amari